八重垣神社 v5-73
山陰地方の旅の最後に訪れたのは八重垣神社であった。
ここにはちょっとした面白い占いがあると娘が言うので
立ち寄るのが楽しみだった。
神社の境内は思ったほど大きくなく、平日とあってか人影も
まばらだった。時々落ちてくる雨粒を気にしながら神殿に
向かっていると、ちょっと目を惹く高齢カップルに出会った。
男性は70代くらい、女性は60代後半くらいだろうか。
女性の甲高い笑い声と、それに負けずと響く男性の低い声が
閑散とした境内の木々を揺さぶっている。
一見してこれは恋人同士または愛人関係の男女に違いないと
余計な詮索をした。
娘によると、此処は結婚を占う神社として有名だそうだ。
この神社の裏手には小さな池があった。社務所で特別な紙を
購入し、その上にコインを載せて池の水面に浮かべる。
その紙の沈み具合によって結婚の動向を占うという仕掛けに
なっているらしい。
コインを載せた紙が、池の底に沈む時間が15分以内だったら
「すぐに良きパートナーと出会える」らしい。
30分以上かかると「良い出会いには相当時間がかかる」との
こと。さらにコインを載せた紙が遠くまで流れて行ってしまえば
遠方の人と縁があり、近くで沈んでしまえば近隣の人と縁が
あるとか。
娘も私も伴侶探しとは縁がなくなったが、面白そうなので
試してみることにした。社務所で100円出して紙を購入し、
2人とも10円硬貨を紙の中央に載せて池の水面にそっと
浮かべてみた。どちらの紙も暫く水面に浮かんでいたが、
紙が濡れてくると何やら文字が浮かび上がってきた。
目を凝らすと、娘の紙には
「ひらめきを大切にせよ 西と南 吉」とあり、私には
「一休みしましょう 南と東 吉」であった。これはまるで
人生訓のようにも思えて、ちょっと心をくすぐった。
池の端から遠く離れた水面には、浮かんだ儘の紙が数枚、
漂っている。それぞれにどんな言葉が浮かんでいるのだろう。
一向に沈まないところを見ると紙上に載せたコインが一番
軽い1円硬貨だったかもしれない。
調べてみたら10円硬貨は4.49gで手頃な重さのようだ。
ちなみに5円硬貨は3.75g、50円硬貨は4.01g、
100円硬貨は4.79gであった。
暫く水面上に漂っていた娘の紙、そして私の紙は相次いで
池の底へとコインを巻き込むようにして沈んでいった。
その時間は10分もかからなかった。何となく安堵して
この神秘な池を後にしたが、すぐにあの賑やかな
高齢カップルも紙を手にしてやって来た。
そしてやはり同じ占いをやり始めたようだ。
「わー、やったー!」などと若者じみた歓声が背後から
聞こえてきた。きっと望み通りの結果を得たに違いない。
こんなゲームじみた手法で婚姻占いとは面白い嗜好を
考えたものである。
境内の奥まった所に「古代結婚式発祥の地」の碑があった。
また囲いの中にあったりっぱな椿の傍らには、「夫婦椿」
と書かれた看板もあった。
ここは既婚者にとっても有難い場所に違いない。
それではと私は帰りがけに改めて神前に向かって手を
合わることにした。
「私たち、そして山川家ゆかりの全てのカップルが
末永く幸せでありますように!」と。
2024年6月
(photo by T.S : 八重垣神社にて)