ご褒美        v5-69

  寒い時期の旅先はやはり温泉地がいい。そこで雪に出会え
れば最高なのだが。と考えていたら本当に雪が降ってきた。
鬼怒川温泉に宿をとって3日目、チェックアウトの朝であった。
樹木を目掛けて横殴りに突進する白い集団を見て、これは積も
るかもしれないと案じた。
だが雪国生まれの夫は大して積もらないと言う。

案の定、私たちがチェックアウトを済ませて最寄りの電車駅
に向かっている頃には小降りになった。だが凍える様な外気は
変わらない。思わずポケットに手を突っ込んだ。出かける前に
コートのポケットにホカロン(ミニカイロ)を忍ばせておいて
良かった。



  (鬼怒楯岩大吊橋:鬼怒川温泉)

私たちは帰路の予定を変更して下今市駅で途中下車することに
した。初めて訪れる見知らぬ街である。案内書を見ると
「レトロな駅舎」「杉並木公園」「二宮尊徳神社」などが載って
いる。いずれも駅周辺だから歩ける距離である。
ただ気がかりなのは雪がちらつく天候だけであった。

旅に出ると折角だからと忙しい日程を組むことが多かったが、
最近は天候やその日の体調によって柔軟に変更する。いつの
間にかそんな旅が性に合ってきた。きっと年のせいである。
今回の旅でも無理はせず、ミニカイロの助けを借り鼻水を
すすりながら少し外を歩いてみることにした。

下今市駅前は観光客もまばら、車も少なく殆どの商店は
入り口を閉ざしていた。有難いことに歩道が広々として歩き
やすいことだった。さらに私たちが立ち寄った観光案内所の
中年女性の職員はとても親切だった。道案内も事務服のまま
屋外に出て指をさして教えてくれた。


ザックを背負い、カメラを下げ、いかにも旅行者と思える
二人ずれである。しかもこんな悪天候の中、街を出歩く
老人カップルは、さぞ奇異な姿に映ったことだろう。



   (アカメネコヤナギ:下今市にて)

それでも「二宮神社」では、しっとりと濡れた鳥居の下を
ゆっくりと足を運ぶ赤い傘の女性がいた。さらに少し歩くと
延々と続く杉並木に出た。いずれも樹齢を重ねた木々ばかりで、
昨年、秋に訪れた戸隠神社の杉木立を思い出させた。
私たちは足元の水たまりを気にしながら、かなり奥まで歩んだ
が、程よい所でUターンすることにした。ここには人の気配は
全くなく静かな木立だけが続いた。陽の光があったら、此処
はもっと違った表情を見せてくれたことだろう。

「杉並木公園」を後にした時、「しばり地蔵」の小さな看板
に目を止めた。少しだけ心が動いたが大雑把な地図を片手に、
みぞれが降りしきる中、ウロウロするのはちょっと無理に思
えた。諦めて駅に戻る途中、何と歩道脇に「アカメネコヤナギ」
を見つけた。初めての出会いであった。
諦めると、時にはこんなご褒美も頂けるようだ。

          20242

   (Photo by y.y: 鬼怒川温泉付近)

 
 top  y.y.corner f. salon  essay old