電車の中で v5-63
久しぶりの電車だった。中央線の確か武蔵境駅だったような
気がする。ここは西武多摩川線に接続しているせいか結構
乗降客の多い駅である。その駅から若い黒人女性と学生風の
男女が数人乗り込んできた。
もう座る座席は無いので皆、思い思いに立っている。
私は入り口ドア近くに立つ黒人女性に目を止めた。
私が見えるのは彼女の背中だけである。それをむしろ幸いに
私はジロジロと彼女の後ろ姿を観察した。彼女は大変奇抜な
ファッションをしていた。まずパンツである。はちきれん
ばかりのお尻の右側は黒色、左側は緑と黒の縦縞模様で
ばっちり二分されていた。上着はTシャツ風の黒みがかった
半袖で裾から緑と黒の縦縞模様がチラチラ覗いている。
さらに目を惹いたのは彼女の頭髪である。
細かくカールした肩まで届く黒味がかった髪の毛は、これまた
真ん中あたりから様子が変わっている。右側はカールした髪の
毛のまま、左側はその髪の毛に緑色の細いリボンをくるくる
巻きつけ三つ編にして、その細い束が幾筋も肩先に流れていた。
この髪型を仕上げるのにどれほど時間がかかっただろうか。
それに洗髪する時はどうするのだろう。尋ねてみたい気が
したが、彼女はあくまでも私に背中を向けている。
彼女に気を取られていたせいか、私は目の前に立っている
若いカップルに少しも気が付かなかった。彼らは何やら楽し
そうに話している様子だったが、突然、男性の右手が外れて
まるで切り離されたように私の目の前を横切った。
「え?!どうしちゃったの?!」一瞬、手品を見せられている
のかと我が目を疑った。私は驚きながらも咄嗟に上目遣いで
彼の腕の辺りに目をやった。何と彼は右腕の肘から下は欠損し
ていた。私の目の前を横切った物体は人工の腕だったのである。
彼は取り外した義手の空洞部分を覗き込み、何やらチェック
してから何事もなかったようにスムーズに元の位置に差し
込んだ。その間1,2分、私は目の前で繰り広げられた一連の
作業を目を丸くして見届けた。人工の腕や手の皮膚の色合い
や質感はあくまで自然で違和感なく、爪もきれいな桜色をして
いた。実に素晴らしい技術の高さである。
彼にどんな厳しい過去があったのだろう。一瞬、想像を巡ら
したが、友人と楽しそうに話を続ける彼を見てそんな気持ちは
吹っ飛んだ。きっと彼はこの先も堂々と明るく世の中を渡って
いくことだろう。
たまには外に出て電車にも乗ってみるものである。
世の中には様々な人たちが個性豊かに生きている。そんな事を
改めて認識出来た嬉しい一日になった。
2023年9月
(photo by y.y: 車に映った空)