ガイド v5-52
山登りのガイドと言えば、引き締まった筋肉、機敏な動作など、
見るからに頼りがいがある若者か壮年層の人達だと思っていた。
ところがマイクロバスからおりてきた私たち4人を出迎えたのは
小柄で貧弱な体形の年配男性だった。
しかも彼は何とも不愛想だった。二人の若い女性、多分40代の
地元女性はともかくとして参加者に私たちのような高齢者がいた
からだろうか。彼は私たちを傍らの観光案内所に連れて行き用紙
を手渡した。見ると個人名、年齢、居住地などを記すようになって
いる。山に入る時の必要な儀式であった。
彼は簡単に行程の説明をすると、まずは穏やかで幅広な道を先頭
になって歩き出した。意外と早足である。時々、立ち止まっては
後ろを振り向き周囲の木立の説明をする。
ほどなく急勾配の金属製の階段が現れた。両脇にしっかりとした
手すりが着いているので危険はない。
しかし、彼は「このように両手で手すりをつかんで…」と私たちに
模範を示した。
この階段の右側は深い谷、木立の合間から凄まじい水しぶきが
聞こえてくる。やがて三ツ滝と呼ばれる3連の滝が前方に現れた。
階段上に滝の見晴台が出来ている。
他の人に見習って私もスマホを向けた。また暫く階段が続く。
私はガイドの足元をちらちら確認しながら登った。彼は二度ほど
私の前でつまずいた。ガイドでもつまずくこともあるだろう。
しかし彼は若くはなかった。昭和22年生まれであると誰かに
言っていたから多分、彼は74,5才である。
ようやく階段が終わると凄まじい水音は消え草地が現れた。
ガイドは山道の傍らにあった石碑を見つけると言った。
「ここが一合目です」と。どこの一合目なのだろう。不勉強を恥
じながらガイドに尋ねると何と一合目とは…御嶽山のことであっ
た。私はあの懐かしい御嶽山へと向かう道を歩いていたのである。
ガイドは昔の人々が木を伐採して運ぶ苦労を語った。また傍らに
あった木の葉をちぎり、くしゃくしゃにすると匂いを嗅ぐように
言った。いい匂いがした。また山道の傍らには円空の座禅岩が
あった。こんな所で円空は座禅をしていたらしい。
私は前日訪れた「円空館」で知った逸話、円空がしばしば猟犬に
舐められて逃げ出した場所は此処かも知れないとガイドに話したが
彼は知らなかった。
折り返し点からは林道歩きになった。ガイドは時々、列から離れ
て煙草を吸っていた。最後の二つの滝は河原に降りて眺めた。
小さな滝だった。その内一つは水が少なくて滝つぼが干上がり
そうだった。がっかりする私に同行仲間の女性が2週間前に見た
この滝の映像を見せてくれた。滝壺は豊かなコバルト色の水に
溢れていた。
ほぼ3時間のハイキングだった。
街中では最盛期だった紅葉はここではすっかり冬景色に変わって
いた。ただ出発地点にあったドウダンツツジだけは真っ赤に染ま
っていた。こんなことは珍しいとガイドは何回も言った。それに
してもガイドの世話にならずに完歩できたのは何よりだった。
2022年11月
(photo by y.y: 下呂市・玉龍寺にて)
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