レッスン前     v5-48

 いつものお気に入りの位置にヨガマットをひく。
すると足早にやって来て私の隣にマットを置くのはやはりAさん
だった。ヨガレッスン前の光景である。実は私はAさんのお隣は
苦手である。しかし、なかなか思うようにはいかない。
ここが私の一番のお気に入りの場所であるから。そしてどうやら
彼女も私の隣が気に入っているらしい。さらに最悪なのは彼女の
レッスン時間が殆ど私と重なっていることだ。

Aさんは別な会員とのおしゃべりで私より2歳ほど年上なことを
知った。彼女はポーズの出来不出来など関係なく熱心にヨガレッ
スンに通ってくる。これには頭が下がるが、彼女のおしゃべり
には閉口する。しかも声が大きいせいか彼女の声はいつも周囲に
響いている。



私がAさんを苦手とする理由の一つはその声高会話である。
さらに彼女の話の内容はいつも殆ど同じ、何度も同じ話を聞かさ
れるのも厄介だ。先日は白地に花柄がいくつも描かれたTシャツ
を着て現れ、いつものように隣に腰を下ろすと私に言った。
「これ、Bさんからもらったのよ、太ってしまってもう着られ
ないからって」。

この話を聞かされるのはこれで三度目である。私はその次に
続く言葉をそらんじている。
「Bさん、もうジム辞めるんだって。でも綿100%だと汗かく
となかなか乾かなくて気持ち悪いわね」。さらに彼女はこう言う。
「この花の絵、手書きなのよ」と。

全くその通りの言葉が続いたが、今回はそれだけでは収まらず、
彼女は私に向き直ると花柄をはっきり見せて「これね、外国製なの」
と言って首元のタグを引っ張り出そうとする。
私は彼女の胸もとの花を見て「東南アジアっぽい花ね」と言ったまま
彼女のタグを無視してしまった。
彼女は高級品だと思わせたかったのかもしれない。



しかし、私は心の中ではこうつぶやいた。
「外国製といってもねぇ…私は日本製が一番だと思っているけど。
それに手書きの花柄…それだってピンキリだよね。綿100%か、
綿にもいろいろあるからねぇ」
辛らつな言葉をしばし心の中で楽しんでから私は穏やかに彼女
に言った。「いいもの下さったのね」と。心にもない言葉を口に
することにも慣れた。なにしろ私の言葉も3回目である。彼女
との会話はこんなふうに終わる。

ヨガレッスンは雑念を振り払い自分の身体と向き合うことらしい。
お気に入りのインストラクターの言葉を私はこうして忠実に
守っている。
                 22年7月
           
(photo by y.y:志賀高原にて)


    
          
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