日本キャニオン(津軽の旅No.2) v5-47
5年ぶりに白神山地を訪れた。今回は娘夫婦と一緒である。
あの時、天気が悪くて断念した日本キャニオンの展望台へ娘婿
のTさんの運転で行けることになった。
その展望台入り口に着いたのはいくつか池を散策したあとだっ
た。案内板には展望台まで0.5キロとあったが、この山道は思いの
外きつかった。すれ違う人もまばら、ここはあまり人気がない
らしい。しかし私は、娘夫婦に「凄い岩壁よ!キャニオンと呼ぶ
ほどだから…きっと見たらビックリ仰天するから」などと盛ん
に吹聴した。勿論この言葉は自分自身への期待感も含んでいた。
30分くらい歩いてようやく展望台に着いた。若い男性が二人、
大きなカメラを2台据えたまま談笑している。私は急いで遠方に
目を向けた。瞬間、私はがっかりした。白くて鋭敏な岩壁の広が
りは確かに荘厳な景観だったが私には不満だった。写真では巨大
な岩峰がもっと目前に迫ってくるはずだった。想像は控えめに
しておけば良かった。
次の目的地はこの岩峰の足元へ行くことであった。5年前、夫と
私が突如遭遇した岩壁に囲まれた不思議な空間である。あの時、
私たちが歩いた道を遡ることになる。昔の記憶では大した距離
ではなく平坦な道が続いていたはずだ。
車を停めてもらった「日暮橋バス停」は記憶にあった。
しかし、ここから目的地へと入り込む道が一向に見つからない。
私たちの記憶だけが頼りだったが、それが当てにならないとは
情けない。車道をしばらくウロウロして、ようやく夫が雑草の中
にそれらしき道を見つけた。夫の記憶はまだ健在だったようだ。
林の中の平坦な道であった。しかし、その道は進むにつれて何度
も底の浅い小さな川に遭遇した。その度に私たちは川底の石を
足掛かりに川を渡った。そんなことを繰り返す内についに道は
途絶えてしまった。5年前もこんなに川が多かっただろうか。
私はついに戻ることを主張した。しかし、夫は浅瀬の石を足掛か
りにがむしゃらに上流へと足を運んでいる。その時、少し離れた
所でTさんの声がした。「道があるよ!」と言っている。
こんな時、諦めないのが男性たちらしい。
Tさんの名ドライバー振りは山中でも健在だった。
私たちは彼が見つけた小道をたどってすぐにあの時と同じ空間に
立った。昔と同じ白い岩壁が私たちを見下ろしている。同行の
2人も目を見張った。5年前、私たちが危うく道を失いそうに
なった時に出会った場所である。驚愕と恐れと不安…そんな
5年前の感情が蘇ってきた。長居はしたくないと思った。
それなのに再びやってきたのは何故だろう。ハイキングコース
にも載っていない、案内板もない、知る人ぞ知るという場所で
ある。もしかしたらどこか秘密めいたこんな場所が私は好き
なのかもしれない。「怖いもの見たさ」である。
2022年6月
(photo by k.Y: 白神山地にて)
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