セミと蚊 v5-26
今年の夏はベランダでよくセミの臨終を目にした。
セミは皆、一様にお腹を見せてひっくり返っていた。よく見ると
まだ翅をばたつかせているのもいたが殆ど皆、息絶え絶えだった。
しかし、こんなにもがいても彼らの目には何も見えない。
彼らの目は背中にあると言うから冷たい灰色のコンクリートしか
視界にないはずだ。
早く安らかな死を迎えるには土の上がいいに決まっている。
セミたちは皆、生まれ故郷に帰りたいに違いない。
彼らは短かかった(1週間〜1ヵ月)地上の生活より長年(7年間?)
幼虫時代を過ごした土中の方が懐かしいに違いない。
私は硬直してひっくり返ったセミを塵取りに移し、ベランダの隙間から
土を目がけて優しくダイビングさせてあげた。
彼らはきっと安らかな眠りについたことだろう。
今年の夏はあまり蚊の襲撃に遭わなかった。
猛暑で蚊には生きにくい環境だったせいかもしれない。しかし、
我々を襲う蚊(アカイエカ)はメス、しかもメスの蚊は卵の栄養の
ために血が必要なんだそうだ。知らなかった。
蚊が吸血作業に要する時間は何と2,3分もかかるらしい。
その間、人間は何も気づかず熟睡しているか、他に注意を向けて
油断しているのである。突如、激しいかゆみを感じた時はもう手遅れ、
蚊は仕事を終えて嬉々として家路についてしまったあとだ。
それにしても2,3分間、ずっと蚊に吸い付かれていた状況を思い
浮かべると嫌な気分になる。
しかし、蚊にしてみれば我が子のために命がけで危険一杯の人家に
侵入してくるのである。見つかってぴしゃりと平手を食らえば
あっけなく一生が終わる。だが、あの小さな吸血鬼はいみじくも
母性愛のために必死である。何とも愛おしい生き物たちではないか。。。
おっとそんなことを言って進んで血を差し出す勇気があるだろうか?
とんでもない、蚊は害虫だから刺されてはいけない。
しかし、セミと言い蚊といい、何とけなげな生き物なんだろう。そんな
気持ちにさせられたのは「生き物の死にざま」(稲垣栄洋著・草思社)
を読んだせいだ。この本は図書館へリクエストしてから何と
10ヶ月振りに手元に届いた。新聞の批評通り面白い本だった。
2020年10月
(photo by y.y:玉川上水緑道にて)
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