あとは頭?   v5-12

 健康診断の結果を大いに自慢している人がいる。
ジムで時々顔を合わせるAさんである。彼女に捕まった人は否応
なしに同じ言葉を聞かされるはめになる。例えばこんな感じだ。
「私ねぇ、健康診断の結果Aだったの。先生もビックリ。私だ
ってビックリよ!」。それを聞いた私も内心ビックリである。

Aさんは81才だと皆に言っている。
ジムの「ヨガ」のクラスや「背骨コンディショニング」のクラス
で時々、私の隣にマットをひく。小太りな彼女の動きはインスト
ラクターの支持通りにはなかなかいかない。片腕もまっすぐ上に
伸びないし、バランスも上手く取れない。足回し運動も不格好だ。



しかし、彼女はジムに欠かさず通っているようだ。
そしてスタジオや浴室で誰彼となく捕まえては頻繁に同じ話題を
口にする。検診結果が嬉しくてたまらない様子だ。

確かに高齢者が検診結果でAと判断されるなんて羨ましい話である。
私なんて実にEランク(コレステロール治療中)である。私の
ような高齢者のために一病息災などという便利な言葉が用意されて
いるのだろう。

つい先日、彼女は私を見ると言った。「先日はスミマセン」と。
何のことかとキョトンとしていると病院へ行ってきたと言う話だった。
確かにあの時、彼女は別れ際、病院へ薬をもらいに行くと言っていた。
しかし、別に私に謝る件でもない。彼女の「スミマセン」の意図が
さっぱり分からない。



話の筋が見えないまま聞き流していると今度は「あの日、ジムの浴槽で
足をマッサージしたりしたけど心配で、やはり病院で診てもらうに限る
わね、なんでもなかったの。たった130円だったわよ」と言う。
どうもジムのレッスンで足をひねったらしい。
薬をもらいに行くと言ったのは口実だったのか。

第一、彼女が言っていたあの日とは、つまり私と会った日は病院へ行く
と言ってジムの風呂には入らず、さっさと帰ったはずである。
つじつまが合わなくて理解に苦しむ会話が彼女の場合は特に多い。

しかし、深く考えないことにした。
年を取ると時間の概念が希薄になるようだ。思い出すことが沢山あれば
あるほど混乱する回数も多くなるということは私にも覚えがある。
ともあれAさんの検診結果は天晴れである。
「あと心配なのは頭だけね」と言いかけて思わず口を覆った。

                  2019年12月

     (photo by y.y:玉川上水にて)

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